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言葉が心を動かし、人をつなげる
NPO法人全国ラジオ体操連盟理事長/NHKテレビ・ラジオ体操 指導者 鈴木 大輔
今でも、はっきりと覚えています。大学時代、日本体育大学体操部4年生で主務をしていた頃のことです。ポルトガルで開催される「世界体操祭」へ向けた春合宿のテーマを「成功させよう!海外遠征」と掲げ、初日の練習を始めようとしたとき、恩師である部長の荒木達雄先生から厳しい指摘を受けました。
「“遠征”という言葉の意味を知っているのか?」
当時の私は、意味自体は理解していたものの「そこまで意識しなくても」と感じていました。「言葉は手段であり、本質は活動そのものにある」どこかでそう思っていたのです。しかし、今振り返ると、この出来事はコーチングにおける言語の本質を示す経験でした。
「遠征」とは本来、「遠くの地を征伐しに行くこと」を指す言葉です。スポーツにおいては、「対戦や競技のために他地域へ赴くこと」を意味します。そこには、勝敗や対戦といった競技的な意味が含まれています。
一方、世界体操祭は競争ではなく、交流と共生を目的とした場です。人々は勝つためではなく、身体を動かす楽しさや、人とつながる喜びを分かち合うために集まります。
つまり、言葉の選択は、その場の意味づけを変えてしまう可能性があるのです。コーチングにおいて言葉は単なる指示ではありません。活動の意味を形づくり、人の主体的な行動を方向づける力を持っています。そして言葉は、人の心の動きそのものに働きかける。そのことに、私は指導を重ねる中で気づかされました。
その実感は、NHKラジオ体操の放送を担当する中で、より強くなりました。
子どもから高齢者まで、放送を通じて同じ動きを共有するラジオ体操では、言葉の影響は非常に大きなものになります。例えば、「しっかり伸ばしてください」と「気持ちよく伸びていきましょう」。同じ動作でも、前者は“正しさ”に意識が向き、後者は“感覚”へと意識が開かれていきます。
強い言葉は動きを整えますが、同時に緊張も生みます。やわらかな言葉は自由を生み、その人らしい動きを引き出します。
ラジオという、お互いの動きが見えない環境だからこそ、言葉は単なる指示を超え、内面に働きかけ、心の状態そのものを変える力を持つと感じるようになりました。

その考えのもと、私は2025年8月、広島市で開催された 1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭 において、「1、2、3、4」という号令を使わない指導を試みました。この催しは、被爆地・広島で戦後80年の節目に開催された、平和について考える重要な意味を持つイベントでもありました。同じ時間と空間を共有するその場において、どのような言葉を使うのかは、大きな意味を持ちます。
会場では、被ばくピアノの音色が静かに流れていました。その音に包まれる空間は、過去と現在が重なり合うようでもあり、言葉のあり方について、より丁寧に考えさせられるものでした。従来の号令は、動きをリードするうえで有効です。しかし、その強いリズムや統制的な響きは、人によっては戦争の記憶や過去の集団体験を想起させてしまう可能性もあります。
だからこそ私は、数ではなく言葉で導くことを選びました。
「ご自身のペースで大丈夫です」
「笑顔で、後ろ反り〜」
「空に向かって、気持ちよく伸びていきます」
参加者は誰かに合わせるのではなく、自分の身体と向き合いながら動いていきます。それでも、気づけば隣の人と呼吸が重なり、全体として自然な調和が生まれていきました。そこにあったのは、「揃えた」のではなく、「つながった」という感覚でした。言葉が心を動かし、人と人をつないでいたのです。
あの日の「遠征」という言葉、私にとって言葉について深く考える大きなターニングポイントとなりました。体育・スポーツを指導する立場となり20年以上が過ぎた今だからこそ、先生からのこの投げかけの意味が、実感を伴って理解できるようになりました。
振り返れば、先生は常に言葉を大切にし、その一つひとつに明確な意味と想いを込めて指導されていました。だからこそ、あのときの一言も、単なる指摘ではなく、深い信念に基づいたものだったのだと思います。もし、あのように言葉を大切にする指導者との出会いがなければ、今の自分の在り方や指導のスタイルは大きく異なっていたのではないかと感じています。
「どのように人と向き合うのか」「どのような関係性を築くのか」この経験は、言葉と向き合う原点となり、現在の実践の土台となっています。
これからも、人生の最後まであたたかく寄り添い続けられるラジオ体操を目指し、「心を動かし、つながりを生み出す言葉」を考え続けていきたいと思います。
鈴木大輔(すずきたいすけ) NPO法人全国ラジオ体操連盟理事長

2004年日本体育大学卒業。2016年聖学院大学大学院人間福祉学研究科修了。
体操で「体づくり」×「仲間づくり」×「社会づくり」をテーマに教育、福祉、医療など領域を超えた多様な活動を展開。2016年からNHKテレビ・ラジオ体操の指導者として全国各地でラジオ体操を通じた健康づくりに取り組む。また、2024年12月からは全国ラジオ体操連盟の理事長に就任、約4万人のラジオ体操仲間と共にWell-Being社会実現のために日々奔走している。Missionは「地域社会にたくさの幸せを作りたい!」著書「じつはすごい!科学的に証明された本当のラジオ体操(アスコム社)」