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2022年度奨励賞受賞者インタビュー「学習者のつまづきに着目」

2022年度日本コーチング学会奨励賞を受賞された、松本沙羅(明星大学 教育学部)さんは、ご自身のバスケットボールのコーチとしての経験を活かして、体育授業で学習者に対して行った運動修正のコーチングを自己省察し、事例研究として貴重な成果を上げられました。

松本さんのご専門と研究テーマを教えてください。

私の専門はバスケットボールコーチング論です。初級者に対するバスケットボールのコーチング事例を提示することや、質的なアプローチを用いて競技者として卓越した選手が有する技術力・戦術力に関する実践知を解明することで、指導現場に役立つ知見を提供することに取り組んでいます。

– なぜ研究者を目指されたのでしょうか?

最初のきっかけは、大学現役時代にコーチからバスケットボールで頭を使う楽しさを教えてもらい、私も選手の力になる言葉がけをしたい、そのために勉強したいと考え卒業後に大学院に進学しました。

修士課程では,バスケットボールのグループ戦術に着目して記述的ゲームパフォーマンス分析を用いた研究を行うと同時に、大学女子選手のコーチングをしていました。その中で、ゲーム数値では表しきれない選手のなかにある「何を、いつ、どのように捉え,どのように動くのか」ゲーム中に働かせている思考について、より質的な研究をしたいと思うようになりました。

– 具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?

今回賞をいただいたのは「バスケットボールにおける初級者に対するドリブルレイアップシュートのコーチング事例」という論文です。

この事例報告は私が経験したバスケットボールに関するドリブルレイアップシュートのコーチングについて記述し、研究し、他の指導者が学ぶための知識を提供することを目的としました。

学習者はドリブルからボールをキャッチしてシュートステップに入る動作がスムーズに行えず、安定した投動作に向かえていないという問題を抱えていました。そこで私は、シュートステップの1歩目を始める時に軸足で蹴り出す動き作りや、ドリブルからキャッチをする時のリズムの養成を試みました。

その結果、学習者はキャッチする直前の最終ドリブルを「ウン」、ステップを「1・2」と表現し、この掛け声と一緒にタイミングを合わせてシュートステップに入る動きのコツを掴みました。これらのことから、 2つの技術の連結をスムーズにするには、キャッチする前の技術、すなわち問題を抱えている局面のひとつ前の技術に意識のポイントを置くことが重要であるという学びを得ることができました。

– この研究で、難しかった点は何でしょうか。また、ワクワクした点は何でしょうか?

事例を提示する際、どういった事象を対象として、私自身がどういった視点から指導したか、指導中の学習者の内省や様子を詳細に提示することで、他のコーチへの共有可能性および反証可能性を担保できると考えました。なので、指導の際に感じた学習者の動きに対する印象や指導において試行錯誤した部分をリアルに近い形で外化することが難しかったです。

また、学習者自らが目標とする動きのリズム表現を工夫し、発見したことで運動学習が進んでいく様子にワクワクしました。学習者の気づきから,教科書には載っていない、つまずきの克服の仕方を学ぶ瞬間があるのもコーチングの魅力のひとつだと感じました。

– 松本さんにとって「コーチング学」とは?

私にとってコーチング学は、実践現場に転がっている問題事象や成功事象から個別の指導理論を導き出し、他の競技者や指導者にも共有可能な転用性の高い理論の構築を研究者として目指すこと、研究で得た実践的な知恵やノウハウを、コーチとして実践で伝える際に必要になる資質や対応力を現場で研磨することの両方を指します。研究と実践現場を密接につなぐ学問であると考えています。

 

松本 沙羅(まつもと さら)HP

明星大学 教育学部 助教

「バスケットボールにおける初級者に対するドリブルレイアップシュートのコーチング事例コーチング学研究 2021 年 35 巻 1 号 p. 127-136