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2023年度奨励賞受賞者インタビュー「固有の実践知をコーチングの知見に」
2023年度日本コーチング学会奨励賞を受賞された、松本沙羅(明星大学)さんは、昨年度に引き続き2度目の奨励賞受賞となりました。卓越した選手は、一体何が特出しているのでしょうか? 松本さんの研究は、プレイヤーの思考と行動を丁寧に紐解き、客観的に表現することで、卓越した選手のプレイ中の思考を共有することにチャレンジしました。
– 松本さんのご専門と研究テーマを教えてください。
私の専門はコーチング学です。専門競技であるバスケットボール競技において,質的なアプローチを用いて競技者として卓越した選手が有する技術力・戦術力に関する実践知を解明することで,指導現場に役立つ知見を提供することに取り組んでいます。
– 今回の受賞論文ではどのような研究を発表されたのでしょうか?
まず初めに,昨年度に続き,栄誉ある賞に選出していただきまして誠にありがとうございます。選出してくださった方々,そして論文にご協力いただいた皆様に心から感謝いたします。今回賞をいただいたのは「バスケットボールにおけるピックプレイの実践知に関する事例研究 -卓越した1名のユーザーの語りを手がかりに-」という論文です。ピックプレイというのは,ユーザー(ボールマン)のディフェンダーの進路をもうひとりの味方(スクリナー)がスクリーン(壁)をかけることで遮断し,攻撃のチャンスを作る2対2のプレイです。
この研究では,卓越したピックプレイユーザー1名を対象にインタビュー調査を行い,発言内容を逐語録として文章に起こし,語りの内容としてまとめ,それを質的に解釈しました。その結果,ユーザーは,スクリナーによってスクリーンがセットされる前の準備局面において対峙する相手との駆け引きを始めていること,スクリーンがセットされた主要局面では“今対峙する相手や状況”ではなく“次に対峙する相手や状況”に注意を向けていること,特にドリブルの技術力が戦術的思考の広がりに影響を与えていることが明らかになりました。
– この研究で,難しかった点は何でしょうか。また,ワクワクした点は何でしょうか?
インタビューから得られた語りをプレイの時系列を辿って整理し,外化する手続きの際,対象者の語りのひと言,ひと節にどんな思考や動きを含んでいるのか,客観的に見つめ直せるように,丁寧に文章や図表に表すことが難しかったです。バスケットボールや球技のコーチングを専門とする研究者間で何度も議論を重ね,対象者の方とのメンバーチェック等の共同作業を繰り返すことで解釈の精度を高めることができました。
合理的なプレイの選択や動きを細部まで語ることができる,まさに卓越した選手の頭の中が実践知として構造化されたとき,実践現場にとって貴重な知見になったなと嬉しく感じました。
– 研究,教育,社会貢献など,先生のご活躍されているフィールドにおける,ビジョンやミッションなどを教えてください。
これまでは,バスケットボール競技のグループ戦術で働いている実践知について,卓越した選手を対象にした研究を重ねてきましたが,今後は,コーチングの分野ではまだ知見の少ない,車いすバスケットボール競技のパラアスリートを対象とした研究にも力を入れ,合理的な戦術指導の体系化に役立つ知見を得ることに挑戦したいと考えています。
また,将来のコーチを養成する,将来教員を目指す学生を教育する立場の人間として,自分自身が成長していくためにも,今後も,現場に転がっている問題事象や成功事象を研究する,その研究成果をコーチや教員として実践現場に還元するという相乗効果を産み続けていきたいと思います。
松本 沙羅(まつもと さら)
明星大学 教育学部 助教、博士(コーチング学)
奨励賞受賞論文:バスケットボールにおけるピックプレイの実践知に関する事例研究:卓越した1名のユーザーの語りを手がかりに 著者氏名:松本 沙羅, 會田 宏 掲載号・DOI: コーチング学研究第36 巻1号 https://doi.org/10.24776/jcoaching.36.1_51