コーチングにおける
失敗事例からの学び

危機感を設計する
TWOLAPS TC 代表兼コーチ 横田真人
選手に適切な負荷を与えること。それはトレーニング強度や量といった肉体的なものだけでなく、精神的な緊張感も含めた負荷であると私は考えています。しかし私は、ここ数年、その設計を誤ってきました。
私は2016年に現役を引退し、プロの陸上チームを外資系のスポーツメーカーとともに設立し、ヘッドコーチとして選手を指揮しました。チームの評価基準は極めて明確で、世界でメダルを獲得すること、それが唯一の物差しでした。結果が出なければ、チームの存在そのものが揺らぐ。決して楽な環境ではありませんでしたが、そこには常に「足りていない」という感覚があり、世界への渇望と隣り合わせの確かな危機感がありました。
スポンサードの終了に伴い、2020年に現在のチームであるTWOLAPS TCを設立しました。一社に依存する形態ではなく、選手はそれぞれ実業団と雇用契約を結び、チームは各企業とコーチング契約を結ぶ形態へと変えました。世界大会への出場や結果はもちろん重要ですが、駅伝を含めた国内大会での成績、さらには陸上競技のチームが持たないイベント企画運営、スクール運営、地域貢献などの機能も持ち、陸上競技の価値を社会に還元する活動も重要視していました。選手の安定したキャリアを考えれば、とても合理的で、制度的に守られた環境であると感じています。一方で、私の中には、その環境に身を置いたまま本当に世界を目指し続けられるのだろうかという問いが生まれていました。
ここ数年、私は練習において「正しさ」と「再現性」を強く意識してきました。最適な負荷をかけること、計画通りに進めること、故障を防ぐことです。一方で、選手が判断を迫られる場面や、失敗の責任を引き受けるといった精神的な負荷は、無意識のうちに減らしていたように思います。それは、選手が安定した雇用や評価に守られた環境に身を置いていることとも無関係ではありません。結果がすぐに競技人生を脅かすわけではない状況の中で、コーチである私自身が、不確実さや揺らぎを意図的に持ち込むことを避けていたのだと思います。
しかし、レースは生きています。風、相手の動き、流れ、会場の空気。正しい入りが、その日の正解になるとは限りません。練習で正しさを重視しすぎた結果、勝負に必要な危機感を奪ってしまっていたのではないか、と感じたのです。
そこで意識するようになったのが、「制約を与える」という考え方です。環境や課題に制約を設けることで、選手の行動や判断を引き出します。私はこの考え方が、不確実性を与えることにとどまらず、あえて心地悪さや失敗を内包した環境をつくることにつながると感じるようになりました。設定タイムを外す、情報を制限する、不確実な条件を練習に組み込む。それは決して快適な状況ではありません。思い通りにいかない、うまくできない、自分の判断が試される。そうした心地悪さや失敗を避けるのではなく、学習の一部として意図的に組み込むことが必要だと考えています。
私の場合、コーチという側面と、マネジメントという側面の両方を持ち合わせています。だからこそ、現場で感じた違和感や思想を、個人的な関わり方で終わらせてはいけないと考えています。誰がコーチをやっても、どんな選手が入ってきても、一定の緊張感と挑戦が生まれるように仕組みとして設計すること。そして同時に、自分自身もその不確実性や心地悪さの中に身を置き続けること。さらに、そうした環境をあえてつくることが、この立場にいる自分の責任だと感じています。
守ることと成長させることは、対立しません。本当に選手を守るとは、不確実性や心地悪さの中でも前に進める力を育てることです。そしてそれは、コーチ自身にも向けられるべき問いであると考えています。
横田真人(よこた まさと)陸上競技指導者
2012年ロンドンオリンピックで日本人として44年ぶりに陸上競技800mでオリンピック出場を果たした。アメリカでの競技生活の傍、米国公認会計士試験に合格。現役引退後は中長距離のクラブチームTWOLAPS TCを立ち上げ後進の指導にあたる。TWOLAPS TCは性別、国籍、所属の垣根を超えた日本で唯一のクラブチームとして、所属するアスリートのパフォーマンス向上をサポートしている。また、アスリートの持続的な活躍機会を創出するため、新しい陸上競技の形を様々な形で事業として展開している。その一つであるMiddle Distance Circuitは、新しい陸上競技大会として注目を集めている。
主な指導実績:【2019年】日本選手権 女子 800m優勝 1500m優勝、世界選手権 女子 10000m代表【2020年】 女子ハーフマラソン 日本記録、女子10000m 日本記録、日本選手権 男子1500m 女子10000m 優勝 【2021年】日本選手権 男子800m 女子800m優勝、東京五輪女子1500m 女子10000m代表【2022年】女子マラソン日本歴代6位(当時)、世界選手権女子1500m マラソン代表【2023年】女子マラソン日本歴代2位(当時)【2025年】世界選手権女子1500m 日本代