コーチング学の未来
スポーツにおけるダイバーシティ推進の重要性
日本コーチング学会理事
山口 香
2021年に開催された東京オリンピックはIOC(国際オリンピック委員会)によると参加した約1万1千人の選手の49%が女性であり、史上、最もジェンダーバランスのとれた大会となった。一方で、IOCも含めて国内外におけるスポーツ組織の役員や各競技のトップレベルの指導者や審判などの女性割合は未だに低い。女性スポーツの普及や強化・コーチングを考えると選手以外のダイバーシティを進めていくことも重要である。
私の専門は柔道である。習い始めた頃(1970年代)には「女だてらに」と言われ、女性の試合は禁止されていた。その後、世界に柔道が普及し、多くの女性たちが男性と同じような世界大会開催を要望し、言わば外圧によって日本でも試合が行われるようになった。私は、そのような女子柔道競技の草創期に大会に出場したことでパイオニアと言われることもある。しかしながら、実際には試合がなかった時代でも柔道を熱心に行っていた女性たちがいたことを忘れてはいけないし、真のパイオニアはその人たちだと思っている。
他の競技でも、女性の大会が活発に行われるようになったのは最近とは言わないまでも歴史は浅い。オリンピックを見ても、1896年の第1回アテネ大会に女子選手は参加していない。選手がいなかった訳ではなく参加を認められなかったのである。女性が参加したのは第2回パリ大会からで、急速に進展を見せたのは1980年代からである。1984年ロス大会で女子マラソン、1992年バルセロナ大会で女子柔道(1988年ソウル大会は公開競技)、1996年アトランタ大会で女子サッカー、2004年アテネ大会でレスリングが正式種目として採用されている。2012年ロンドン大会は、26競技全てで女子種目が採用され、参加した204の国と地域から女子選手が参加した記念すべき大会となった。今年開催されるパリ大会では史上初めて男女の出場選手が同数になるとも言われている。
女子選手については男女平等が進んでいるように感じる一方で、スポーツの基盤となる組織や団体、さらにコーチや審判においては未だ女性の割合が低い現状がある。スポーツにおける多様性を進めようとすると、「なぜ女性でなければいけないのか」と言う議論になる。確かに、女性を指導するコーチはその資質や能力が優先されるべきであり、男性か女性かは関係ないようにも感じる。しかしながら、女性の競技が盛んに行われるようになり、選手としてのキャリアをあり、高等教育において体育・スポーツを専門に学んだ女性が多くなっているにも関わらず、なぜ依然として女性コーチが増えていないのかという疑問もある。女性はリーダーやコーチに不向きなのだろうか。決してそんなことはない。
スポーツは社会の縮図である。女性のキャリアは、出産や育児など女性特有のライフイベントに大きな影響を受けるが、コーチも同じである。女性コーチは、資質・能力の問題とは別に、ライフイベントとの両立が求められる。ロールモデルの不足は、選手が将来の選択肢にリーダーやコーチを描きにくいことにつながっている。コーチング分野の研究者においても女性比率は低い。私たちが、スポーツのさらなる普及や発展を求めるのであれば、多様性の推進は必須である。多様な視点からの問いが研究の幅や奥深さにつながっていくに違いない。自分の組織や競技、分野の多様性はどうなっているのか、多様性を進めようとする機運や取り組みは行われているか。そんな視点を皆が共有することを期待したい。

山口 香(やまぐち かおり)
筑波大学体育系教授、博士(生命医科学)、筑波大学柔道部部長、ソウルオリンピック女子柔道競技52kg級銅メダル