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2019年度学会賞受賞者インタビュー「体育の授業をよりよくしたい」

令和元年度日本コーチング学会学会賞を受賞された、伊佐野龍司(日本大学文理学部)さんに、高校教諭から研究者の道に進まれた経緯や、研究テーマとご自身の目指す未来についてお話を伺いました。(写真左)

伊佐野さんのご専門と研究テーマを教えてください。

私の専門は体育科教育学です。球技を対象とした研究を通じて、人間科学の立場から体育授業や運動学習、教師教育に関して新しい視点、より良い方法を導きたいと思っています。

研究者をずっと目指されてきたのですか?

修士課程を修了してかしばらくは高校で体育の教員をしていました。できたとか、できないとか、限られた評価では体育という教科の本来の役割が果たせていないのではないかと、実際に授業をしながら感じるようになりました。授業で扱うゲームのなかで、準備動作を含めた動きを選択した意味や価値にまで切り込んで、生徒の気付きを尊重する学びへと深めたいという思いになりました。そこで、教員を続けながら授業者として研究し、論文発表を続けているうちに、体育の授業をよりよくするために、教師を育成する立場になろうと思ったのが今のキャリアについたきっかけです。

具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?

今回賞をいただいたのは「ボールゲームにおける『ボールを持たないときの動き』に焦点化した創発身体知の発生分析方法に関する一考察 」という論文です。この研究では、教員を目指す学生が、自身の動ける「感じ」がどのように発生しているのかを分析する方法を明らかにしようと試みました。 教師や運動指導者の指導には学習者「本人がどう動こうとしているのか」という感覚世界にまで働きかけて「動けるようになる」指導が必要です。そのためには、まず指導者の養成段階の学生が、「どう動こうとしているのか」自身の動ける「感じ」を捉えなくてはなりません。つまり創発身体知の発生を分析する方法を「ボールを持たないときの動き」を対象として行ったのがこの研究です。 

この研究で、難しかった点は何でしょうか。また、ワクワクした点は何でしょうか?

金子明友先生の「創発身体知を支える能力」※1をもとに調査用紙を作成しました。調査用紙は感覚を回答できるように工夫し、記述欄には動く感じのやりとりや動く感じを問う項目も設定されています。この項目では、回答者によって、その質問のニュアンスが単語一つでも変わってしまうことがあって、その点は今後の課題でもあると感じました。また、十分に記述できる学生も少なかったですね。ワクワクしたのは、今回対象とした学生に関して、 先行文献で金子先生が定義された、創発的な身体知の形成の過程が見取れたことです。非常に感激しました。学生自身、この経験を通じてどんどん感覚を言語化することに躊躇がなくなっていきました。それはこれから教師になっていく上でも、良い経験になったのではないかと思っています。

新しく提示できたことは何でしょうか?

記述内容の解釈には、運動学の感覚指導に精通する授業者とともに、共感的な態度で行いました。一連の手続きをもって創発身体知の形成過程を追うことができました。まだ課題は多く残されていますが、雛形として機能することを提案しています。

、どのような研究・教育活動を目指されますか?

本来はこの研究の前に取り組むべき課題だったのですが、運動を評価する際の参照先である指導者自身が行っている動きかたについて研究を行っています。その他には、通信制の高校の体育授業において、身体を通じた相互作用によって生じる関係性の構成過程などについてエスノグラフィックに研究を進めています。また、筑波大学附属高校のブラインドサッカーチームに対してのトレーニングや試合中のGPSデータや生理データの収集などのサポートをしています。その中で、選手たちの身体感覚についても研究を進めています。体育の授業をよりよくしたい、というのが私の掲げるミッションですが、こういった生徒達との活動を通じて、「誰にとっても」意義のある教科にしたいという気持ちを強く持つようになりました。

伊佐野さんにとって「コーチング 学」とは?

コーチング学は、個別種目の指導理論から帰納的に一般理論を構築することをミッションとしているため、つねに実践から抽象的に捉える視座と態度を提供してくれます。コーチング学にコーチングされているという気持ちです。具体と抽象の往還的視座を日常化する態度を形成できる、まさに実践と理論を繋く架け橋的な学問です。

※1 金子明友(2002)「わざの伝承」pp.452-513

論文:「ボールゲームにおける『ボールを持たないときの動き』に焦点化した創発身体知の発生分析方法に関する一考察 」コーチング学研究 2018 年 32 巻 1 号 p. 41-5 https://doi.org/10.24776/jcoaching.32.1_41